京成バラ園芸は1959年、京成電鉄の関連会社として千葉県八千代市に創立されました。当初は、3万坪の敷地の中に事務所、温室1棟、作業所1棟の施設と従業員9名でのスタートでした。設立の目的は、日本にバラの文化を広め、多くの人々にバラを楽しんでいただきたいという願いから、バラの育種を行い、優れた品種を国内外で販売することでした。
そのため、当時「とどろきばら園」の経営者で、バラ育種家であった鈴木省三を育種の責任者として、迎え育種事業が始められました。新しい品種を生み出すにはかなりの年数がかかるため、1960年代には本格的なバラ苗木の生産販売に取り組みました。そこで現在の主な事業部門である卸販売、小売販売、通信販売、造園事業、貸鉢事業、草花事業部門が立ち上げられたのです。
1960年代後半には、それまでの育種研究の成果として、現在でも銘花とされる「聖火」を発表。この白地に鮮やかなローズ色がにじむ大輪系のバラは、種苗名称登録第1号であり、その後アメリカでも販売され、「ニュージーランド国際コンクール金賞」も受賞するなど、京成バラ園芸にとって記念的な品種となりました。
この時期にコルデス社(ドイツ)、メイアン社(フランス)という世界の著名なバラ育種会社と契約を結び、日本国内に海外のバラを積極的に紹介し始めました。その後も、タンタウ社(ドイツ)、J&P社(アメリカ)、ディクソン社(イギリス)、デルイター社(オランダ)、インタープランツ社(オランダ)など、着実に海外バラ会社との契約を交わし、世界の素晴らしいバラを、自社作出品種と合わせて、日本のバラファンにお届けすることができるようになったのです。
1980年代、「乾杯」「花見川」「希望」など京成バラ園芸が作出したバラが国内外のコンクールで受賞・販売されるようになりました。特に「光彩」がアメリカにおいて日本のバラ育種品種として始めてAARSに選抜されたことは大きな快挙で、それ以来、国際的にも有名なバラ育種会社として成長を続けています。
1990年代には、育種部門が更なる拡大を目指し、千葉県郊外へ移転し、八千代市の事業所に併設されていたバラの見本園も「京成ローズガーデン」として、新しく生まれ変わり、多くの人々にバラの素晴らしさを季節ごとに伝えています。
バラの育種・販売において日本が後進国であった創立時代から半世紀近くを経て、鈴木省三や設立当初の社員の夢は、時代と共に美しいバラとして結実してゆきました。21世紀の今、大きく発展した日本のバラ・ガーデニング文化の中で、さらに愛される「日本と世界のバラ」を提供する使命を担い、全社を挙げてバラの育種と販売に日夜、励んでいます。
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